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【ターシャ・テューダー】 自己卑下しがちな私を救ってくれた 生涯の指針本

2021年1月10日

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こんにちは、Noraです(^^)/

今日は、私の好きな本をご紹介したいと思います。

ターシャ・テューダーの言葉 思うとおりに歩めばいいのよ」

作者:ターシャ・テューダー 
訳:食野雅子
出版社:KADOKAWA/メディアファクトリー


アメリカの絵本作家、挿絵画家、ガーデナーとして知られる、

ターシャ・テューダーの生き方、考え方、哲学が詰まった本の第1弾です。


ハッと気づかされる言葉や、共感する言葉、自分とは違う視点から見た言葉…

そんな、すてきな言葉がたくさん詰まっています。


この本は、それまで何に対しても、否定的な考え方しかできなかった私に、

  • 物事を違う角度から捉える
  • 自分自身を大切にする
  • 幸せとは、心の状態である

ということを教えてくれました。

自分を肯定できた、最初の一歩

私は小さい頃から自己肯定感が低く、何かにつけて自分を卑下する傾向が強い子どもでした。

また、どちらかというと周りに流されがちで、自分の気持ちより他人を優先していたことも多くありました。


大人になっても、なかなかその呪縛から逃れることができませんでしたが、

今は前より、自分のことを大切にできるようになったと思います。


私が子どもの頃は、「みんなと仲良くしなきゃダメ!」という空気が強く、

「あの子と遊びたくない」と言おうものなら、総スカンを喰らう雰囲気があったように思います。


仲間外れにされたり、嫌われたり、親や先生に怒られることを人一倍恐れていた私は、

自分の気持ちを押し殺して、なるべく波風を立てないように、周りに合わせて過ごしていました。

息苦しい日々を救ってくれた、「ちょっと嘘をついて逃げる」行動

しかし、成長するにつれ、周りに合わせて行動することが、息苦しく感じていたのも事実。

ついにその気持ちが限界に達してしまい、これ以上自分を犠牲にしたくないという思いに駆られたときに、

この本の言葉のひとつを行動に移してみたのです。

「楽しくない集まりから逃れたいという時には、

 ちょっとくらい真実を曲げてもいいのよ

(『思うとおりに歩めばいいのよ』より)


学生時代、それほど仲の良くないグループの人たちとつるんでいたことがあったのですが、

虚しさというか、時間を無駄にしている感じが拭えなかったのを覚えています。


「こんなことなら、一人で過ごす方がいいんじゃないか…?」

と思いつつ、グループから抜ける勇気は持てず、モヤモヤしながら過ごしていました。


しかしある時、思い切ってちょっとした嘘をついて逃げる」ということを実行してみたのです。


具体的には、遊びや集まりの誘いを「先約があるから」、「家の用事があって行けない」などと言って、

やんわり断るといった感じのことをしていました。

「自分を犠牲にする必要はない」と肯定できるようになった

正直なことを言うと、実行するのは怖かったです。


10代の学生だった私には、ちょっと嘘をついて逃げる、ということに対してまだ前向きになれず、

一人で行動することにも、なかなか勇気を持てませんでした。


しかし、何度か「ちょっとした嘘をついて逃げる」ことを繰り返して、

グループから少しずつ離れ始めた時、何か解放感のようなものを感じたのです。


そして新しく気の置けない友達も何人かでき、そこからの学生生活は、毎日が楽しくて仕方がありませんでした。

(本当に楽しい毎日だったなあ…!)


「ある程度、周りに合わせるのが必要な時もあるけど、自分を犠牲にしてまで、周りに合わせる必要はない

そのことに気がつけた時、ようやく自分を大切にする一歩を踏み出せた気がしました。

「幸せ」って、結局は自分次第かも?

「幸せになりたい」というのは、人類共通の願いだと思います。

私も子どもの頃から今にかけて、「幸せになりたい」と思い続けていますが、

ある時ふと疑問に思ったのです。


みんな幸せになりたいっていうけど、幸せってなんだ?


そもそも「幸せ」って、抽象的な表現ですよね。

その疑問を説いてくれたのが下記の言葉でした。

「みんなが本当にほしいのは物ではなく、心の充足です。

 幸福になりたいというのは、心が充たされたいということでしょう」

(『思うとおりに歩めばいいのよ』より)


学生時代は、まだ頭でしかこの言葉の意味をわかっていませんでしたが、年齢を重ねるにつれ、本当にそう思います。


確かに、物を買うことで心が充たされることはありますし、物を買って充足を得ることを、否定する気はありません。

実際私も、本や画材、好きな食べ物を買うことが大好きです。


でも、これまで生きてきた中を振り返ってみると、楽しかった、幸せだったと思える瞬間は、

気の置けない友達と、他愛のない会話をしたりふざけたり、

恋をして、少しでも可愛い女の子になりたいと頑張っていたなどの、

心が充たされていた時でした。

「好きな気持ちを大切にして生きていく」のも、充たされることのひとつ

そして個人的な考えとして、心が充たされることのひとつに、

自分の好きなことを大切にして続けていく

というのがあると思います。


何かひとつでも、夢中になれる好きなことやものがあれば、それはきっと、自分の心を充たして支えてくれる


私は一度、つらかった時期を支えてくれた大切なものを自ら手放してしまい、ものすごく後悔したことがあるので、なおさらそう思います。


幸せは人ぞれぞれですし、

「これを実行すれば、絶対幸せになれる!」なんていうものも、たぶんないんじゃないかと思います。


結局は自分で行動を起こして、自分で見つけていくしかないんですよね。

「人生は短いのよ」という言葉の重み

そして、私がブログに挑戦しようと思った時、

「人生長くはないんですもの。

 うかうかしていると、何もできないうちに終わってしまうわ」

(『思うとおりに歩めばいいのよ』より)


この言葉に背中を押されました。


10代の頃は、「ずっとこのままでいられる」という根拠のない思いに駆られ、時間は無限にあるかのような錯覚をしていましたが、

時間は無限にあるなんて、絶対にありえません。


これまでは「まだ時間あるし、大丈夫でしょ!」と、いろいろなことを先延ばしにしていましたが、

今は自分のやりたいこと、やってみたいことを、少しずつ実行に移している最中です。


「それをやり続けてどうなるの?何か良いことあるの?」

と言われると、

「わからない。でも、私はこれが好きだし、やりたいからやってるだけ」

と答えます。


自分のやってみたいことに挑戦したり、好きなことを続けていたら、きっと何かしら自分のプラスになると信じています

「胸を張れる おばあちゃん」になりたい!

私がこの本に出合えたのは、母がテレビでターシャさんのドキュメンタリー番組を観ており、

いつのまにか、私も一緒になって見入ったことがきっかけでした。


番組を観てターシャさんの生き方に惚れこみ、こんなふうに暮らしたい、生きていきたいと、

漠然とした憧れの気持ちが私の中に芽生えたのを覚えています。


それからしばらく後、本屋さんに足を運んだ時に、この本を見つけて即購入しました。


家に帰って本を開き、美しい写真とともに、ターシャさんのすてきな言葉の数々が記してあり、何度も読み返したものです。

日記や手帳にも、本の言葉を抜粋して、カラーペンで書いたりしていました。

「あの頃の自分より、少しはマシ」と思えるように

この本との出合いは、

間違いなく私の中で転機となり、生涯の指針として、ずっと傍に置いておきたい大切なものになりました。


購入してから10年以上が経過し、

表紙は破れ、背表紙も黄ばみ、手垢も所々について、すっかりボロボロの状態になってしまいましたが、

それでもこの本を手放すことは絶対にないと思います。

というより、手放すつもりは毛頭ありません。


色褪せてページの端々が破れてボロボロになった本は、新品とはまた違う価値がある気がします。


購入してから今まで何度もこの本を読み返してきましたが、

読んですぐに考えが変わったり、自分の思うように物事を実行できたわけではありません。


むしろ、実行するまでに何年もかかったものや、10年近く経ってようやく実感が湧いてきた言葉もあります。


今の私が完璧な状態になったというわけでもありませんし、完璧になんてなれるわけもありません。

でも、「あの頃の自分より、少しはマシになれたかな」というのはあります。

何もかもに、満足できるような人生を歩んでいきたい

私はまだ人生について多くを語れるほど、たくさんの経験をしてきたわけではありませんし、

学びたいことや知りたいこともたくさんあります。


ターシャさんのように、死すら恐れない域まで達するには、まだまだ長い年月がかかると思いますが、

心を充たしてくれるものを大事にしながら、年老いたときに胸を張って、

「私は何もかもに満足しているわ!」

と、言えるような人生を歩んでいきたいと思っています。


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それでは、最後まで読んで下さり、ありがとうございました。