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私の好きな本 「最期のときを見つめて」

2021年1月19日

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こんにちは、Noraです(^^)/

今日は私の好きな本をご紹介したいと思います。今回の本はこちら。

ターシャ・テューダーの言葉 最終章 最期のときを見つめて」

作者:ターシャ・テューダー 
訳:食野雅子
出版社:KADOKAWA/メディアファクトリー

絵本作家ターシャ・テューダーの言葉シリーズ第5弾、最終章です。

ターシャさんが亡くなるまでの1年半(2007年1月から2008年6月)、家族や友人の方と交わした対話集となっています。

何気ない会話の中に、ユーモアや感謝の気持ちが溢れているのが印象的です。

読み進んでいくにつれてターシャさんの、死を覚悟しつつも最期まで自分なりに生きようという思いが伝わってきます。

この本を始め他の本でも印象に残るのが、ターシャさんはどんな小さなことでも「ありがとう」を言っていた、感謝の心を忘れなかったということです。

「寝たきり生活になっても、読みたい本がたくさんあるから退屈しないわ。」

「食事を温めてくれてありがとう。」

「みんな本当に良くしてくれて、最高のチームよ。」

(『最期の時を見つめて』より 引用)

ターシャさんの言葉シリーズの各記事はこちらです。

第1弾の記事はこちら。
私の好きな本 「思うとおりに歩めばいいのよ」

第2弾の記事はこちら。
私の好きな本 「楽しみは創り出せるものよ」

第3弾の記事はこちら。
私の好きな本 「今がいちばんいい時よ」

特別編の記事はこちら。
私の好きな本 「生きていることを楽しんで」

感謝を言う人と文句を言う人

私の祖母のお話をしたいと思います。

この祖母は、孫の中で私をいちばん可愛がってくれていました。

私が幼い頃はわりと穏やかで、叱る時もあまり声を荒げない人だったのですが、年をとるにつれて少々言葉が攻撃的になったり、
祖父が亡くなって1人暮らしとなりケアマネージャーの方にお世話になる時や、施設に入る時に不平不満や文句を口にすることが多くなっていました

(おそらく80歳を超えていたにもかかわらず、目まぐるしく変化する環境に対応しきれなかったのかと思われます)。

幼い頃の、優しかった祖母が豹変してしまったかのようになった時は、ショックが大きかったのですが、
生活が落ち着いてくると言葉や表情もまた穏やかになっていきました。

私が施設を訪ねると、

「あんたのお父さんには感謝してるよ。こんないい施設に入れてもらって」
「あんたのお母さんには本当に良くしてもらったよ」
「あらー、わざわざ来てくれたの?ありがとうね」

とよく言っていました。

きちんと言葉にして感謝を述べてくれた時は、自分に向けての感謝でなくても嬉しい気持ちになったものです。

ひねくれてて申し訳ございません。

反対にもう一人の祖母は、何かにつけていつも文句や嫌味ばかりを言っていた記憶があります。

毎日のように祖父(祖母から見て夫)の悪口やら小言を聞かされて、時には私に対してさんざんな嫌味を言ってくることもありました。

昔勤めていた職場のお局さん的存在だったパートさんも、仕事中だというのに旦那さんや他のパートさんの陰口をよく言っていました。

私がひねくれているだけかもしれませんが、

常日頃他人の悪口や文句ばかり言ってる人が、笑顔で「ありがとう」と言ってもなんとなく嘘くさいというか、裏の顔はああなんだよね…というのが頭をよぎってしまいます。

嬉しい、嬉しくない云々の前に疑いが出てきてしまうというか…やっぱりひねくれてる(笑)。

その人の性格は隠しているつもりでも顔や態度、言葉の節々に現れると言いますが、本当にそうだと思います。

心や腹の中ではどう思おうとその人の勝手ですが、それを口や態度に出されるのは、やっぱり嫌というか不快ですよね。
悪口や文句ばかり言う人の傍にはなるべく寄りたくないです。

…なんて、偉そうなことをつらつらと書きましたが、「明日は我が身」、「人のふり見て我がふり直せ」というのも真実だと思います。

いくら悪口言う人の傍に寄りたくないとさんざん言っても、私自身もいつの間にか他人を傷つけることを無意識に言ってしまってる可能性も無きにしも非ず。
なるべく心がけてはいるものの、ついついそういう時もあるのが人間です。

どんなに穏やかで優しい人にも、合わない人、嫌いな人、あわよくばくたばってしまえ!と思いたくなるような人がいるものです。

そこを器用に上手にくぐり抜けていければいいんですが、私はなかなかそれができていません(泣)。
今後の人生の課題のひとつです。

悲しいですが、綺麗ごとだけでは生きていけないのも事実ですよね。

人を変えてしまう、「ありがとう」の力

ちょっと暗い流れになってしまったので、明るい話題に戻します。

「ありがとう」の気持ちは、時に人を変えてしまうこともあるのかもしれないという実体験があります。

私の祖父の話ですが、この祖父はどちらかというと口数が少なく寡黙な人でしたが、

私が思春期を迎えた頃、突然怒鳴ってきたり、やろうとしていたことを邪魔してきたり、半分八つ当たりのような感じで家族の前で罵倒してきたことが何度かありました。

正直言うと、その頃の私は思春期だったこともあり、祖父がピリピリして八つ当たりしてくるたびに「早くあの世に逝けばいいのに」と何度も思いました。

しかし、ある時を境に祖父に「ありがとう」を言うように心がけたのです。

後で読もうと思ってテーブルに置いておいた雑誌を勝手に片付けられても、
「ここにあった雑誌片付けてくれたんだ、ありがとう」

祖父がゴミの分別をしてる時は(その頃は家のゴミの分別は祖父の仕事でした)、
「ゴミ集めてくれてありがとう」、

朝学校に行く前に、祖父がお皿洗いをしていたら
「お皿洗ってくれてありがとうね」

とにかく、どんな小さいことでもいいので祖父が何かしたときに積極的に「ありがとう」を言っていました。

ちょっと気持ちのこもっていない、ぶっきらぼうな「ありがとう」だったこともありましたが(笑)。

そしてある日、気がついたのです。

あんなに八つ当たりのように怒鳴ったり邪魔をしてきた祖父が、全くと言っていいほどそういうことをしなくなっていたことに。

気がついたら、私が幼かった頃のような寡黙だけど優しい祖父に戻っていたのです。

もちろん八つ当たりが完全になくなったわけではなく、時折ちょっとムカッとすることはありましたが、それでも穏やかになったというのは目に見えてわかりました。

正直怒鳴られるままの毎日が嫌で始めたことでしたが、祖父がこんなに変わるとは思っていませんでした。

そして、私が結婚を機に家を出る頃、祖父が体調を崩して入院したため、本格的に家を出る前にお見舞いと挨拶がてら病院へ行ったのですが、その時の祖父の姿は忘れられません。

いつも寡黙だった祖父が、他の入院患者がいるにも関わらず病室で泣き叫んだのです。
あんな祖父の姿は今まで一度も見たことがありませんでした。

祖父のそんな姿を見てからは、実家に帰るたびに祖父の手を握りながら「体には気をつけてね」、「また来るからね」という何気ない言葉でも、心をこめて言うようにしています。

離れている分、会えた時には少しでも優しく接しようという気持ちになれたのです。

常に、は難しいかもしれませんが、祖父だけでなく両親や夫を始めとする身内、友人にもこうした気持ちで接していけるように心がけていきたいと思います。

人生、日々勉強!

老いや死を否定的に捉えず、周りに感謝することも忘れずに生きたターシャさん。

彼女の生き方や考え方が私を変えてくれたのは言うまでもありません。

比較的人生の早いうちに、ターシャさんを知ることができたのは本当に幸運でした。

「いつまで生きるかは全部運命で決まっているのよ。
 死ぬずっと前から定められているんだと思うわ。
 だから、あがいてもだめなの。賢く生きるしかないのよ」

(『最期の時を見つめて』より引用)

たまにでもいいから、自分は賢く生きることができているか、ということを振り返ってみようと思います。

でも、「賢く生きる」ということがどういうことなのか、まだわからないというのも正直な気持ちです。

おそらく終わりのない勉強になると思いますが、これからも自分なりに学んでいこうと思っています。

ターシャさんの言葉シリーズは、以前にも私の経験を交えながら4冊ご紹介していますので、こちらもぜひ合わせてご覧ください。

第1弾の記事はこちら。
私の好きな本 「思うとおりに歩めばいいのよ」

第2弾の記事はこちら。
私の好きな本 「楽しみは創り出せるものよ」

第3弾の記事はこちら。
私の好きな本 「今がいちばんいい時よ」

特別編の記事はこちら。
私の好きな本 「生きていることを楽しんで」

それでは、最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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